縁取られた世界は、暗闇が満たしているはずだった。
仁晴の行く道を、今更に浮かび上がらせる床の明滅も、今は弱い。
原沢の鼻笛だけが、打ち寄せる波のように穏やかに囁いていた。
縋りつくようにして粘る大気が、仁晴の肩をつかんでいる。
縛られたままであってもわかる。
さきほどまでの乾いた空気は、洞穴のように口を開けた通路の向こうに消えてしまっていた。
原沢が伸ばした手に力が入る。
背中いっぱいに重みを感じたことで、自分が腹ばいで引きずられていたことを改めて確認する。
この感覚が一体なんであるのか、彼はそう遠くないのちに知ることになるが、今はまだその正体がつかめずに、のしかかってきたような重量感にだけ、その繊細さを持った精神が反応していた。
罪を重りに海底ツアー(アスリート的な意味ではない)に出発しようとしている彼は、それが自分のしでかしてしまった事の罰であると思っていた。のしかかられてもいたしかたない。それだけのことを、私はしてしまったのだから。
彼女の生きるを奪った仁晴は、それを胸に抱えて走り出し、重荷をしょい込み新たな世界に旅立つしかなかった。
案内人は――
案内人は――原沢だ。
無愛想なまでに静止した時間流れは、ゆっくりと動き出していた。
原沢の声が聞こえる。
烏丸が何か言っていた。
ヤクザの男は、自分自身のヘマでこの仕事を請け負うしかなかったことを、ずっと毒づいていた。
仁晴には、興味がなさそうだった。
チョコレートの匂いがする。
泥がはねたように、重い重い、カカオの匂い。
一瞬だけ原沢がこちらを向いて、何か言いたげな視線を向けてきた。
ラテンのリズムは、やさしかった。
こいつは一体、なんなのか。
原沢は、こんなに優しかっただろうか。
こいつは本当に――原沢なんだろうか。
漸くの事、目の前の存在に疑問を抱き始めたキミハルの前で、原沢の世界が縁取られた。
銀のステッチが黒い虚空を四角に切り取っていく。
そのすき間からエーテルの息吹が勢いよく漏れ出した。
宇宙を満たす真理の輝きは、その場を満たした偽物の重力子たちとぶつかりあって、幾つもの星の輝きとなって舞い上がった。
光が、仁晴を撃った。
その瞬間、エメラルドのインパルスが貫いて、キミハルの魂が揺さぶられた。
視界がざらついて、ノイズが走る。
一度。
どっぷりとまた暗闇の世界に浸ったかとおもうと、キミハルの胸がざわめいて。
見渡す限りのものが、再起動する。
原沢の向こうでハッチが開き、世界が転生した。
広大な甲板の向こうで、誰かが振り向いた。
船はとどまることをしらず、銀河の海を疾駆する。
緑の飛沫があがる。
エーテルの海をくぐり。
そらのイルカを追って。
「おせぇぞ! なにやってんだ、トリハロネ!!!!」